本棚を整理していると、昔、何度も読み返した1冊の本を見つけました。私の死生観に影響を与えた1冊です。その本を読んでからは、病院での終末期医療に何か足りないものを感じるようになりました。

『病院で死ぬということ』この本はホスピス医療の先駆けとなる医師が書いたもので、ここに書かれた臨終は、尊厳死という言葉がふさわしいものばかりです。

近年は「ホスピス(緩和ケア)病棟」が開設されている病院が増えましたが、それでも多くの方は一般の病棟で臨終を迎えています。

当時に比べると『緩和ケア』は浸透してきていますが、中には時まで最後の点滴や経管栄養で半強制的に水分や栄養が入れられ、体中が浮腫という状態で臨終を迎える方も多くおられます。

『家族に見守られながら、眠るように』と願う人は多いと思いますが、最後の最後まで心臓マッサージなどの延命治療がされ、家族は病室の外に出され・・・という光景を何度も見てきました。

超高齢化社会を迎えている日本では、『認知症』や『寝たきり』の方が増え、社会問題となっています。諸外国ではこのような問題は起こっていないのか?と、疑問に思うところですが、日本ほどは問題となっていないようです。

日本は急速なスピードで超高齢化に突入し、インフラが間に合っていないということもありますが、以下のような医療にも原因があるのではないでしょうか?

高齢者が食べられなくなると、胃瘻や経管栄養で半強制的に水分や栄養が補給されます。医療が発達する前は、自然の流れに逆らわず、本人が食べられるものだけを口にする。徐々に死に向かうわけですが、そのように迎えた最期は安らかな美しい姿だったと聞きます。現在は、いたずらに延命し、浮腫や褥瘡を作った姿で最期を迎えることがありますが、本当に幸せな死に方と言えるのか疑問です。もちろん、残された時間をどのように過ごすのかによると思いますが・・・。

人間はいつかは死ぬのですから、「どのように死にたいか」を考え、近しい家族と話し合っておくことも必要です。

by ケアドライバー看護師 M